お笑いコンビ「カラテカ」の矢部太郎さんによる初のコミックエッセイ【大家さんと僕】は、2017年10月の発売以来現在までで74万部のベストセラーとなっています。
矢部さんが間借りしているお家の大家さんと、矢部さんご本人との実話を元にしたお話で、少しずつ心を開いていく矢部さんに対して大家さんのいつも相手の事を考えてとる行動は、時に奇妙で面白く、時にじんわり心に響きます。
【大家さんと僕】がヒットすると共に、一般の方でもある大家さんの可愛らしい人柄に惹かれてしまった人も少なくないと思いますが、もっと大家さんとのエピソードが見たい、聞きたい!と思っていた矢先の訃報に驚き、悲しまれた方も多いのではないでしょうか。
今回はそんな悲しい想いと、大家さんのとる行動や言動から学んだこと、悔いのない人生を送りたいと決意したことなどを書評と共に綴らせて頂きました。
単行本の存在を知ったのは2018年6月のこと
6月・・・そう、結構遅いんです。発売から8ヶ月も経過した頃です。普段滅多にTVのニュースを見ない私ですが、たまたま見ていたニュース番組で、「矢部太郎 手塚治虫文化賞受賞」の事を知りました。
矢部さんと大家さんの事は、以前どこかの番組で矢部さんご本人がお話されているのを聞いたことがあり、認識はしていましたが、それをコミックエッセイとして漫画に描き起こし、すでに単行本が発行されていた事は全く知りませんでした。
にこる
めーこ
その頃の私のTwitterアカウントのフォロワーは10人程で、ほとんどが企業かスパムなのでは?といった中、「誰も聞いていないんだろう」感の中でのつぶやきでした。
そのほんの数十分後・・・矢部さんご本人と、大家さんと僕の公式アカウントから「いいね」がきたんです。
ありがとうございますー😊
— 矢部太郎 カラテカ (@tarouyabe) 2018年7月10日
このつぶやきも、私は矢部さんのアカウント名を入れて飛ばしているわけではありません。「大家さんと僕」というワードで検索して、たまたま目についたからリプライ下さったというだけなんだとは思います。
それでも興味のある漫画家さんに直接メッセージを頂ける事って中々ないと思うんですよね。そこに思惑があったかどうかはわからないですが、それでも私はずっと購入するのを迷っていた「大家さんと僕」を次の日手に入れました。
読み進めるうちに大家さんの人柄に惹かれていく
「大家さんと僕」は総ページ数が128ページと短めです。読み始めたら、1~2時間あれば全部読み終えられる長さです。
お話は矢部さんが大家さんの居るお家に間借りするまでの経緯からはじまり、最初は大家さんとの距離感に戸惑いながらもしだいに心開いていく過程と、一緒に旅行へ行くまでの仲になってしまうエピソードが、とても簡潔に読みやすく描かれています。
その中で発せられる大家さんのブラックジョークのような自虐的な一言が絶妙で、とても87歳とは思えない冴えた一言に、私もどんどん大家さんの事が好きになってしまいました。
私が矢部さんの立場だったら、恐らく最初は「かかわらないでほしい、放っておいてほしい」と思ったかもしれません。大家さんのお宅に間借りするのが矢部さんでなかったら、二人がここまでの関係になる事は無かったのではないかと思います。
限られた時間の中で展開するストーリーに哀愁を感じる
漫画の中で大家さんは「87歳」と公表しています。87歳という年齢をどうとらえるかは人それぞれだと思いますが、そう遠くない未来に「いつか終わりが来るかもしれない」と、考えたくないけど考えてしまう自分が居ました。
そんな中大家さんは、東京オリンピックの開催が決定した時にこう発言します。
大家さん
それを聞いた矢部さんは「今からスレてもいいんじゃないですか?」と提案するのですが、その後大家さんはこう返すのです。
大家さん
当の矢部さんは、大家さんのこの発言を聞いて「大家さんと僕」の漫画を描こうと決意したという事を、以前テレビ番組でお話されていました。
87歳の大家さんが今しかないこの夏を満喫しようと決意しているのに、39歳(当時)の自分がやってみたい事をやる決断が出来ない理由がない。本当にその通りだと思います。
昔の話をよくするけれど、頭の中は固くない
大家さんは漫画の中で戦時中物がなくて大変だったことや、疎開先での話、昔の言葉もよく使ってお話されています。
嫌いなものははっきり嫌い!とおっしゃるようですが、昔はこうだったから、という理由でその考えを相手に押し付けたり、否定したりする事はないように思いました。今目の前にいる相手に対しても素直な対応と気遣いが感じられます。
そんな中、この漫画の中に登場する矢部さんの後輩芸人「ちゃらん婆」というコンビの、のちゃーんさんへの対応がとても興味深いんです。
漫画の中で、大家さんのお家の庭の草むしりをするお話があるのですが、人手が欲しいのか矢部さんは初対面の後輩芸人を呼び寄せて手伝ってもらう事にします。
ちゃらん婆の紹介動画がありました!
にこる
めーこ
のちゃーんさんは相手がご年配の方でも、態度を変えず、思った事もその場ではっきり口にします。もちろん服装も髪型も自分スタイルです。
そんなのちゃーんさんの態度に矢部さんは終始ハラハラ、のちゃーんさんが何か言うたびに「なんでだよ!」的なツッコミを入れて叩いたりするのですが・・・
それでも矢部さんより丁寧な草むしりの作業に気づき、最後は矢部さんに叩かれるのちゃーんさんをかばうのです。
その後のお話でものちゃーんさんは登場しますが、見た目や言葉遣いなど表面的な事だけではなく、その人が持っている本質や人柄なども含め、ちゃんと理解して向き合ってくれている姿にとても好感が持てました。
のちゃーんさん、すごくいいキャラです。この漫画に登場していなかったら、きっと私は一生知らずに終わっていたかもしれません。
読み終えて一番最初に抱いた想い
冒頭でも記しましたが、大家さんは2018年8月にお亡くなりになられました。いつか来るかもしれないと思っていた時がこんなにも早く訪れるとは思ってもいませんでした。
「大家さんと僕」を読み終えて、私が一番最初に思ったのは「大家さん、今もお元気で居られるのかな?」という心配の想いでした。もちろんお話は面白かったし、色々前向きに考えさせられる部分もあって読んでいて本当に楽しかったのは事実です。
大家さん
今、私の中で後悔してることが一つあります。それは、「大家さんと僕」を読んだ直後に、感想と想いをすぐにブログに綴ろうと思っていたのに、結局書けずに今になってしまった事。
その間も何度か読み返し、やっぱり大家さんのお身体や健康が気になっていたのにもかかわらず、です。
何年か先の事はわからないけど、「今」やらないと後悔するかもしれないと思う事は、「今」やるべきなんだという事・・・痛感させられました。
大家さんがご健在の間に記事が書けたから何なんだ?と思う人もいるかもしれません。後悔するかしないかの内容も人それぞれだと思います。
それでも、自分が「やりたい!」と思った事は、出来る限りすぐに取り組むべきなんだと改めて思いました。
たとえやりたい内容がすごくお金のかかる事だったり、自分一人では出来ない事だったりしても、それを実現させるために出来る事や、アイデア、試行錯誤してなんとかたどりつこう!と常に意識して行動する事は誰でも出来るはずなんです。
大家さん
おわりに
矢部さんは、大家さんと出逢うまでは知らなかった事や、忘れていた事がたくさんあったと、本書のあとがきで綴られています。
風呂敷の使い方や、美味しい紅茶の銘柄、
梅が咲いて、桜が咲いて、ツツジが咲いて、紫陽花が咲くこと(初春から梅雨の時季にかけて順番にさくお花)
新宿にも昔ホタルがいたこと、など。
今は自分で調べようと思えば何でも情報が手に入る時代です。それでも、自分が知ろうと思わなければ調べる事もないし、美味しい物や美しい物がある事に気がつかずに時は過ぎてしまいます。
大家さんの訃報を伝える際に矢部さんはこうおっしゃっています。
「しあわせの本当の意味を知りました」
この言葉を聞いて、私もしあわせの本当の意味が少しだけわかったような気持ちになりました。この漫画と出逢えて本当に良かったです。
大家さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。